一級建築士事務所 設計本舗・W
日記

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山が動く

更新日: 2014年9月28日

kinmokusei

 爽やかな陽気に誘われて、近所を散歩していると何処からともなく甘い香り。香りの正体は何かとキョロキョロしていると、何のことはない、香りの主は目の前にあったキンモクセイ。秋を代表する香り。そこでこの写真。そういえば我が家の庭の隅にも植えてある。この家に引っ越してきた時、何か記念にと言って田舎から上京してきたオフクロが買ってきた幼木を植えたものだ。
 我が家の庭の中では比較的日当たりの良い所に植えたので、しっかり根付き毎年この季節に花をつけ、ささやかながら、秋の訪れを教えてくれる。ところが今年は、夏に大剪定をして随分枝を落とした事もあり、花のつきも疎らで香りも近くまで寄らないとわからない。おまけに我が家の庭では、いまだに百日紅が赤々と花をつけ、とうに過ぎた夏にしがみついている。加えて以前書いたゴーヤまで花をつけているので、景色は夏のまま。そんな訳で、すっかりこの木の存在を忘れていた。外で気づいたなんて、何とも申し訳ない限り。
 何せキンモクセイと言えば、春の沈丁花と双璧をなす香りの木。昔は何処の学校にもここぞというところに植えてあった。今で言うシンボルツリーだ。あの桜でさえ並木になって勝負しているのに、キンモクセイはピンで勝負。私の母校(高校)でもいまだに校門を入った正面にデンと植わっている。学校の顔だ。
 ところが、そのキンモクセイに一大変化がおきた。時代は高度経済成長期の頃、一億総中流化と呼ばれるようになり生活にゆとりが生まれると、生活様式にも目を配る余裕ができ、これまで寝るだけの住宅にも大きく目が向けられるようになった。そこで目をつけられたのがお部屋の香り。これまで庶民の家では、醤油か味噌か糠漬けの香りが家庭の香りだったのが、香りのデザインなどと言って特別な物になったのだ。そこに白羽の矢が立ったのがキンモクセイ。誰もが知ってる誰もが愛するキンモクセイ。ところがここからが苦難の道の始まり。当時はまだアロマなんて言葉は生活の中には存在しなかったし、千年以上の歴史を誇る香道なんて物も日常生活では縁がなく、そこにあったのは「臭い」。おまけに目を向けた(鼻を向けた)のは、嫌な臭い。トイレや下駄箱の臭いだった。当時は、今では当りまえと思える水洗トイレも少なかった。要は「香り」による「臭い」のマスキング。その急先鋒があろうことかキンモクセイ。それ以来、日を重ねるにつれキンモクセイは「トイレの香り」と言う有難くない称号を与えられる事になる。まことに気の毒な事である。とはいえ、最近ではこの香りで臭いを隠す事から臭いを消す方向に変わり始めた。ようやく本来の評価を取り戻す時が来た。山が動くか・・・。
 「山が動く」と言えばマドンナ旋風を巻き起こしたオタカさんこと土井たか子さんが亡くなった。あの頃が社会党(現社民党)の最もよかった時代だった。その後政局は良くも悪くも目まぐるしく動く。
 動いた山と言えば、いきなり噴火の御嶽山。遭遇された方は、紅葉が始まったばかりで、さぞかし楽しみに出かけられたのだろうが、それだけに本当に怖かっただろう。映像を見るだけでも雲仙普賢岳の火砕流が思い出され、恐怖がつのる。未だに救助を待つ人がいるという。一刻も早い救出が待たれる。火山性の地震はあったようだが、火山学者も意表を突かれたようだ。やっぱり人間ごときが自然をわかったつもりになってはいけないということか・・。